2015-12-10

「叱る」と「怒る」は結果論 解釈次第で毒にも薬にもなる

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「叱る」と「怒る」は、本来違う意味を持っています。

ただ、叱られる側・怒られる側(以下、受け手と呼ぶことにします)
からすると、両者の境界線をタイムリーに意識して聞いていることは、
実はほとんどありません。

「叱る」にも「怒る」にも、通常は強めの感情が入るからです。

私も含めてたいていの人は、「さっき部長に怒られてさぁ~」と、
叱られた場合でも怒られた場合でもいったん「怒る」という
表現
を使います

「あ、今部長はオレのために叱ってくれている」という気持ちで
冷静に聞けることは少ないのではないかと思います。

普通の口調で何かを指摘された場合は、「怒られた」とは
言いません。
そのまま「指摘された」とか「指導された」とか「教えられた」と
表現します。
普通トーンの「指摘された」を「怒られた」と表現するのは、
少々誇張が過ぎます。

 

1.言葉としての違いを意識することで、解釈も変わってくる

言葉上の違いを明確に意識しておくことは、叱る側・怒る側(以下、
行為者と呼ぶことにします)にとっても、受け手にとっても、大切です。

叱ったか怒ったか、叱られたか怒られたかは、解釈の問題です。
解釈は、行為者及び受け手が、あとから振り返ってどういう意識だったか
という結果論です。
解釈次第で、毒にも薬にもなります。

言葉としては、

●叱る・・・相手のため
●怒る・・・自分のため

といった対象の違いや、

●叱る・・・相手に気づきを与える
●怒る・・・ただ感情をあらわにするだけ

といった目的の違いなどがあります。

最初から言葉の違いを意識して臨む=身構えることによって、
結果論を少しでも前に倒す事前論に近づけることが可能です。

 

2.「叱られた」という解釈の方がトク

叱るのは、大事なことだと思っています。
叱られるのも、大事なことだと思っています。

叱られているまさしくその最中はさすがにヘコみますが、「たとえ強めの
トーンでも、指摘してもらえるだけありがたい」、「気づきのヒントを与えて
もらった」とあとあと考えた方が、結局はトクです。
精神力を鍛えられるチャンスでもあります。

無関心でほったらかしにされるのが一番ツライです。
知らないうちに、どんどん間違った方向に進んでいたかもしれないのです。

「叱る」は前を向いた生産的行為、「怒る」はただの感情の爆発です。

全てを「怒られた」と解釈してしまうと、もしかしたら行為者の
前向きな指摘を逃してしまっているかもしれません。
何より、ただ感情爆発の相手になっただけという自分が悲しくなります。

叱る方も疲れます。
わざわざパワーを割いて受け手のためにした「叱る」行為が全て
「怒られた」と解釈されると、エネルギーのムダ遣いになってしまいます。

だからこそ言葉の違いを意識したうえで、真摯に受け止めることが
大切なのです。

 

3.行為者は論点をすり替えない

一方、行為者としては、「怒る」だけで終わってしまわないように
細心の注意を払う必要があります。

解釈の違いだからといって、「あいつのためを思って」という名目のもと、
ただただ怒りの感情を受け手にぶつけるだけでは、愚行です。
解釈を自分都合で利用しているだけです。
受け手は感情のはけ口ではありません。

生産的行為として「叱る」時に意識したいのは、論点をすり替えない
ことです。

行為者が受け手に発言を求める場合があります。
「お前はどう思うねん?」みたいな感じです。

その時に的を射た”指摘返し”をされて、行為者が論点をすり替えて
しまうことがあります。
「俺が言いたいのはそういうことちゃうねん」と言ってしまっています。

いやいや、そういうことだったはずです。

特に男性に見られがちですが、受け手から思わぬ正論が返ってくると、
逆に返答に詰まって、論点をすり替えてしまうのです。

「自分が間違っていたことを認めたくない」という、謎のプライドもどきの
ようなものを守る行動に出ます。
でもそんなものは、プライドでも何でもありません。
単なるエゴです。

論点をすり替えられると、受け手のテンションは猛烈に下がります。
せっかく前向きに「お叱り」を吸収しようとしていたとしても、
台なしになります。
しかも、発言を求めたのは行為者の方です。

ブラックマヨネーズの漫才ネタでいうところの、「オレなにで
怒られてんねん」の状態です。

最初は受け手のためを思って「叱って」いたのに、いつのまにか
「怒る」に成り下がってしまっています。
非常にもったいないパターンです。

仮に受け手が論理的に正しい”指摘返し”や反論をしてきた場合は、
「確かにそうだ。それはそちらが正しい」と素直に認めることです。
受け手を認める姿勢が、「叱る」行為のクオリティを上げます。

叱っている最中は行為者も興奮してフンガフンガなっているので、
冷静さを保つのはどうしても難しいかもしれません。

だからこそ言葉の違いを意識したうえで、もともとの「叱る」行為の
意味を思い出すことが大切なのです。

 

4.叱る時は個室で1対1で

ちなみに叱る時は、個室で1対1、がベストだと思います。
「ちょっといいか」と別部屋に呼び出すパターンですね。

たまに、わざわざ他の社員の前で大声で「怒鳴る」人がいます。
私もサラリーマン時代に、大勢の社員がいるフロア中に響き渡る
ボリュームで上司に怒鳴られた経験があります。

あれは、ただ自分の威厳を見せつけたいだけです。
他の社員に大声で怒鳴っている場面を見せ聞かせることで、
「自分はこんなに怖いんだぞ」「すごいんだぞ」と思わせたいだけです。
一種の自己陶酔です。

怒鳴っている本人も加速度的に興奮度が上がって、おさまりが
つかなくなっている状態です。
受け手からすれば、「辱めを受けている」感覚が強くなります。

恐怖政治は瞬間的には人を従わせますが、中身は空洞です。

「怒鳴るだけ」は「叱る」の対極にあるだけでなく、かえって小粒に
見えますので、くれぐれも気をつけましょう(笑)
落ち着いた声で冷静に指摘される方が、100倍怖いです。

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